Overview

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オーストラリアのサラブレッド生産は、オーストラリア全土で行われており、中でもNSW州のハンターバレーとビクトリア州には大規模な生産牧場があります。

シーズン中には2万回以上の種付けが行われ、1万4千頭の仔馬が生まれ、この数は世界第二位を誇ります。またこれらの仔馬から2歳の競走馬として登録されるのは毎シーズンおよそ7千頭にも上ります。

競走馬として登録される前に、ほとんどの当歳馬は、6か月から12か月の間に、ウインリングとして、また14か月から22か月の間にイヤリングとしてセリで売買されていきます。

マジックミリオンズセールと、ウイリアム・イングリス&サンズ社の2社がオーストラリア最大のセリ会社ですが、ゴールドコーストトをベースにするマジックミリオンズ社は、セリで売買された馬だけが出走権を持つレースと多彩なセールが組み合わせてセリを行い、2016年から、このレースは、1日で提供される賞金額としては、オーストラリア最大の賞金額になっています。

伝統のセールは毎年シドニーのイースターに開催されますが、このセリはレーシングカーニバルのザチャンピオンシップと同時に行われます。このセリには歴史的に、海外からのバイヤーが集います。

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More than 20,000 matings occur throughout Australia each season, resulting in some 14,000 foals.

現在、オーストラアリアには700頭の種馬がおり、ほぼ2万3千頭の繁殖牝馬が、最高28万5千ドルまでの種付け料を払い種付けを行います。実際2014年にはファストネットロックにこの高額な種付け料が支払われました。

オーストラアリアの種付けシーズンは9月から約3か月間ですが、実績のある種牡馬の中には200頭もの種付けをする種馬もいます。

例えば、オーストラリアで今最も人気のある種馬のスニッツエルは、2013-14年のシーズン中に226頭、またシブリングは、223頭もの繁殖牝馬に種付けをしています。

Each state's racing administration supports its own breeding industry by offering prizemoney bonuses for horses which race in the state in which they were bred.

それぞれの州の競馬管理母体は、その州のサラブレッド生産界をサポートし、その州で生産され、その州で競馬をする馬たちには特別なボーナス賞金を出しています。

それらのボーナス賞金は、すでに高額になっている賞金に、更に何百万ドルもの賞金が加えられることになります。

オーストラアリアの馬主数は、2013-14年のシーズン中、7万人にも上っています。

競馬に関わることの恩典は競馬をしている期間中だけにとどまりません。その後も、他国での競走馬としての活躍や繁殖馬としても恩典を受けることができるのです。

例えば、オーストラリアからアジア諸国への競走馬の輸出は近年大変盛んになっており、多くの牝馬、そして牡馬たちがそれらの国々で競走馬、また、繁殖馬として実績を上げています。

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オーストラリアのスタリオン市場は大変好況で、ファーストシーズンサイアーについては、ヨーロッパやケンタッキーより高額な種付け料になっています。

その結果、競走馬として活躍した牡馬の価値が大いに上がっており、例えば、最近トップスプリンターとして活躍したブレーゼンボーのオーナーたちがその価値の増大を改めて経験しました。つまり、この馬は38人のオーナーたちが、それぞれ7万ドル分ずつのシェアをもっていたのですが、まずは、競走馬として1人160万ドルの賞金配当を獲得しました。

オーストラリアの馬の実勢と血統は、世界的なオーナーたちを市場に呼び込んでおり、同馬は、その後、シークモハメッドビンラシン・アルマクツーム殿下に1200万ドルで購入されました。

歴史

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サラブレッド生産界としては、世界でも最大で、最も強力な国の一つになったオーストラリアのサラブレッド生産は、1788年、オーストラリアへの移民とともにやってきた1頭の種牡馬、3頭の繁殖牝馬と3頭の2歳馬から始まりました。

それから、オーストラリアのサラブレッド生産は拡大に拡大を続け、現在では、アメリカに次ぎ世界第2のサラブレッド生産国になったのです。

1799年にオーストラリアにやってきた最初の種牡馬はロッキングガムで、その後1880年までには、なんと400頭もの種牡馬が輸入されました。

オーストラリアのサラブレッド生産は、現在クインズランド州、NSW州、そしてビクトリア州が主要生産地で、この3つの州でオーストラアリア全体の85%を生産しています。

サラブレッドの生産は全国に行われていますが、なかでも、ハンターバレーの牧場はその中心となっています。

この地域にある牧場は、毎年オーストラリア全体で生産される仔馬の半分の数を生産。ハンターバレーは、アメリカのケンタッキーに次いで世界第二の、世界的な大型牧場のある場所として知られています。

現在、オーストラリアは、成熟したワールドクラスのサラブレッド生産国になり、世界中の競馬国に競走馬の輸出をしています。とりわけ、東南アジアで競馬をしている馬たちの半分は、南半球産です。

血統のあらまし

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オーストラリアにヨーロッパからの移民がやってきてから150年間は、オーストラリアのサラブレッドの血統は。英国からの血統が独占していました。例えば、カーバインの父であるマスケット、ロキエル、ヴァレイス、デルヴィールウッドなどの血統が、20世紀半ばまでオーストラリアのサラブレッド血統だったのです。

しかし、1951年にアイルランド血統のスターキングダムが入ってから、その様子はすっかり変わりました。前述の血統が、かつてサラブレッド生産を独占したように、今度はスターキングダム血統が広がり始めたのです。

英国でスターキングの名前で走っていたスターキングダムは、スピードとスタミナを兼ね備えた血統ということで、オーストラリアの生産者から大きな支持を得ました。

英国で9勝したスターキングダムは、当時4000パウンドで、オーストラリアのブリーダー、アルフ・エリソン、レジ・モーゼズ、スタンリー・ウートンの3人に買われました。

スターキングダムは、ハンバーバレーのバラムルスタッド牧場にスタリオンとして繋養されましたが、最初はあまり人気がありませんでした。しかし、結果がついてきたのです。

まず、オーストラリア最大の2歳馬レースと言われるゴールデンスリッパーステイクスで、トッドマン、スカイライン、ファインアンドダンディー、スカイハイ、マジックナイトなど5頭の優勝馬を出し、オーストラリアで最大の人気種牡馬となりました。

実際、スターキングダムは、1959年から62年の間、連続でリーディングサイアーとなり、65年にもリーディングになって、67年に21歳で、バラムルスタッドで息を引き取りました。

スターキングダムは、死後も、オーストラリアのサラブレッド生産界にその影響を与え続け、彼の息子、孫たちが、繁殖牝馬となっています。

スターキングダム血統の中で最も成功したのは、ビスケイで、名種牡馬のブレッチングリーを生み出しました。ブレッチングリーは、最初にスターキングダムを見出しオーストラリアに連れてきたオーナーの1人、スタンリー・ウートン氏が生産しています。

スターキングダムの他には、1960年代、70年代には、オンシディウム、ベターボーイ、ショーダウンなどの血統が生産界に影響を与えましたが、NZに繋養されていたサートトリストラムも同じように、オーストラリアのサラブレッドの血統に大きな影響を与えました。

その後、オーストラリアのサラブレッド血統に大きな影響を与えたのは、世界中が知っている種牡馬だった馬でした。でインヒル。生産者は、カリッド・アブドゥーラ王子です。

 

アメリカ生まれのダンジグの息子である3歳馬は、9戦してその2勝が重賞レース。名スプリンターとして名をはせていました。

その後、デインヒルは、アイランドのクールモア牧場と、オーストラリアのブリーダーで、アローフィールドスタッドのジョン・マサラ氏との間でパートナーシップが組まれ、1990年に、大きな期待を受けてオーストラリアに到着しています。

デインヒルに対する期待は外れず、彼はその初年度産馬から大成功をしたのででした。

デインヒルは、1995-2005年間の11年間にわたって、オーストラアリアのリーディングサイアーになりましたが、英国とアイルランドでも3回、フランスでもまた2度にわたってチャンピオンサイアーになりました。

デインヒルはまた1996年に、日本でも一度種付けをしています。

ランナーズトゥウイナーズ率(競走馬としてデビューして勝ち馬になる率)は、驚異の77%を超えて、デインヒルの種牡馬としての活躍ぶりは歴史的なものになりました。89の重賞レース優勝、349頭の重賞勝ち馬、産駒が世界中で修得した賞金額は、3兆7500万ドルにも上ります。

デインヒルの成功は彼自身の成功で止まらずに、彼の血統を引く100頭もの種牡馬を出し、息子たちもまた、種牡馬として大成功しています。中でも、ファストネットロック、リダウツズチョイス、エクシードアンドアクセル、フライングスパーは大きな成功を収めており、彼ら自身がチャンピオンサイアーになっています。

デインヒルは残念ながら2003年5月17日に、アイルランドのクールモアスタッドで怪我のために亡くなりました。

What Makes Australia Unique

Danehill proved to be a pioneer of the practice of “shuttling” stallions from the northern hemisphere to the southern.

Rather than stand idle when the breeding season in home countries concluded, stallions began travelling to Australia and New Zealand to serve a second book of mares each year, virtually doubling their earning power.

Much of this owed to the fact the Australian government granted tax concessions to the thoroughbred breeding industry in the mid-1980s, meaning breeders were much more inclined to send or keep quality stock in Australia.

The shuttling of stallions and the tax break led to some of the world's biggest bloodstock figures setting up permanent bases in Australia.

Irish giant Coolmore established a presence in Australia in 1996 that has grown into one of the most influential operations in the country.

Some of the Irish-based group’s best stallions have followed Danehill to their Australian operation, including Royal Academy, Dehere, Dylan Thomas and, from the United States, Tale Of The Cat..

Coolmore is also returning sons of Australian-bred stallions to stand here, among them Excelebration (Exceed And Excel).

In 2003 Sheikh Mohammed bin Rashid Al Maktoum, the ruler of Dubai, established the Australian arm of his Darley racing and breeding empire when he bought Kelvinside Stud in NSW from the former jockey Hilton Cope. In 2006 Darley established Northwood Park in Victoria.

Darley then acquired the breeding and racing interests of Australia’s biggest owners, the Ingham brothers in 2008.

Darley has been one of the biggest exponents of the shuttle stallion sending such good sires Street Cry and Elusive Quality to stand in Australian and taking locally-bred stallions like Exceed And Excel to the northern hemisphere.

Other prminent Darley contributors to the Australian mix have been Dubawi, Shamardal and Bernardini, one of the best sons of the great US sire A P Indy.

Other foreign investment in the Australian industry has more recently come from such figures as Hong Kong businessman Cheng Ting Kong who bought Eliza Park Stud in Victoria while compatriot Pan Sutong purchased the former Lindsay Park operation in South Australia.

At the start of the 2014-15 season, there were 42 shuttle stallions registered in Australia, equating for more than six per cent of the total stallion population.

But their influence belies their comparatively minor presence. In 2014 shuttle stallions were mated with more than 22 per cent of the total mares covered in Australia.

The big players, along with others who have shuttled stallions, have found the northern hemisphere blood to be a good mix with local broodmares.

They have also helped create the universal bloodlines that now exist in Australia, enabling breeders and buyers to access sons and daughters of the best European and North American families.

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